本編後日談
レヴィ・ポプスキンの憂鬱

※ゲーム本編のネタバレが含まれるため、クリアしてからの閲覧を推奨します。
※探偵の名前はデフォルトネーム『ミシェル・ヴィドック』。

登場人物:レヴィ・マダム・ジョルジュ

 窓の外に凍星が輝く頃、ポプスキン邸の執務室には未だ照明が灯っていた。

 机には書類とティーセットが置かれ、老女と2人の男が向かい合って座っている。
 3人とも疲労の色は濃いものの、その顔に焦りや緊張はない。ひと仕事を終えて、休憩しているといったところだろうか。

 美しい装飾の施されたティーカップのハンドルを上品につまみ、紅茶を味わっていた老女オディール・ポプスキン、通称マダムは目の前の男たちに言葉をかける。

「レヴィ。ジョルジュを真似て、情報だけで相手を侮るのはやめなさいな」

「相手を侮る態度については耳が痛いが、ジョルジュの真似なんてしてねえよ」

「マダム、レヴィの態度が私の真似だというのですか」

 黒いスーツの若い男と青いスーツの壮年の男からの抗議に、マダムは二人とも気がついていなかったの、と返す。

「レヴィは私とジョルジュの真似をしているのです。話し方や威圧的な態度は私を真似ていますが、相手を挑発したり、評価するときの言葉選びはジョルジュそっくり。そうね、ミシェル・ヴィドックに対する態度と言えばわかるかしら」

 マダムの言葉に男たちは押し黙る。心当たりがあるからだ。

 探偵、ミシェル・ヴィドック。
 ジョルジュはその経歴から実力を侮り、レヴィはその容姿も含めて彼を侮った。

 その侮っていた探偵が、マダムからの依頼を受け、ここポプスキン邸の建つローレルの地の古城で40年前に起きた出来事を明らかにし、レヴィのマダムに対する誤解すら解いたのは記憶に新しい。
 さらに言えば、今夜三人で顔を突き合わせて仕事をしているのはその結果に関連する内容だ。

 沈黙した男たちを見て、そういう態度もそっくりよとマダムは思う。

「二人とも今日はお疲れさまでした。アルノー・アルトーから年明けにはローレルを離れると教えてもらい、スケジュールを巻いて必要な対応をすすめたわけだけど……レヴィ、あなたがアルノーと何を話したのか、そろそろ教えてほしいわ」

 話題に出たのは、ローレルの街で働くマダムと同じ瞳を持つ青年について。
 レヴィがアルノーに持ちかけた話を、マダムとジョルジュに伝えていなかったことを思い出す。

 ジョルジュがうろんな目を向けてきた。俺はそんなに信用がないのかと思うが、これについては指摘されるまでもなく自覚はある。元々は内密かつ強引に話を進めようとしていたことだ。

「あー、この前買収した隣国企業にこないかって誘ったんだ。製図技師が足りないって報告を受けててよ」

 アルノーとはじめて会話した朝を思い出す。

 彼は古城から一人下山し、怪我を負った男たちの救助をメルシエ法律事務所にいたジョルジュとレヴィに要請した。
 ジョルジュが救助隊に指示を出している間、疲労で座り込んでいた彼に、レヴィは隣国企業で働かないかと持ちかけた。

 古城に向かい人命救助に尽くした彼の勇気を称え、それに感銘を受けた事業家が君は必要な人材だ、良い条件の仕事があるのだと。自然に、しかし有無をいわせないように伝えた。早急かつ穏便にローレルから去ってもらうために。

 ──ポプスキン家に迷惑をかけるつもりはないが、その提案については考える時間が欲しい。

 アルノーはレヴィの目をまっすぐに見て答えた。
 彼は自分をとりまく状況を理解していたのだ。

「ローレルで勤めてる工場が俺の会社の傘下だったってのもあって、年明けから隣国企業に出向してもらうことになった。ミシェルの調査報告前には話がまとまっていたんだが、説明し忘れてたな」

 その言葉にジョルジュが眉をひそめる。
 レヴィが邪魔者を追い出したと考えているのだろう。実際最初はそのつもりだったが、心外だと肩をすくめる。

「誘ったのは俺だが、出向を決断したのはアルノーだ。あいつの習得したい技術はこの国では遅れている分野で、学んで持ち帰ってきたいんだとよ」

 レヴィの提案は出向ではなく、完全な転籍。ローレルどころかこの国に戻って来られない契約を結ばせる気だった。

 考えを変えたのは、マダムへの誤解が解けたこともあるが、それ以上にアルノーが技術を持ち帰る有用性を語ったからだ。

 生産性は変わらないが事故率の低下が見込める技術のため、後回しにされがちで国外から金をかけて技術者を呼ぶほどではない。
 しかし長期的に見れば事故による人材損失が少なくなりプラスになる。
 時間がかかっても、技術を学び持ち帰るメリットはある。

「出向先でしっかり技術を吸収してくるだろうさ」

 マダムは優しげに目を細め、レヴィを見る。

「彼の話はきちんと聞いたのね」

「自分で考えられるやつは嫌いじゃねえよ」

 彼はすべてを知ってもアルノー・アルトーであることを望み、先を目指している。
 それがレヴィには眩しいものに思えた。

「それならそうとはやく言いなさい」

 ジョルジュが眉間のシワを揉みながら息をはいた。

「彼の手続きまわりがあまりにもレヴィの都合の良いように進むから、また強引な手段を使っているのではないかと気を揉んでいたんだよ。マダムも同意しているからそう変なことはないだろうと思っていたが、私は決定事項しか知らされていなかったのでね」

「心配をかけましたね、ジョルジュ」

「レヴィ、今後は前提となる話を包み隠さず先に伝えるように。当主という立場になったからこそ、対応者に要らぬ心配をかけさせないよう配慮をしっかりしたまえ」

 ジョルジュの言葉にレヴィはなんだかむずがゆくなってしまう。
 これまでなら、マダムならどういうだろうなという言い回しだけで、はっきりと忠言を寄せられることはなかった。
 それがこうもはっきりと言われるとは。ジョルジュが引き続きポプスキン家の顧問弁護士を続けてくれるという意思表示なのだと、レヴィは受け取った。

「ところでレヴィ、当主の仕事にはつながりのある他家からの相談に応じるというものがあります」

 マダムが机の引き出しを開けて封筒を取り出す。

「今朝届きました。隣国の名家、プラド家当主から生前相続の場にポプスキン家当主も立ち会って欲しいという依頼です」

「プラド家か。あそこは厄介……いや、ふむ、長丁場になると見込んでいいだろう」

「立ち合い期間中、事業は私が見ておいてあげますから」

 マダムとジョルジュの口ぶりから、相当面倒な仕事ということが伺える。
 尊敬し、未だ敵わないと思うこの二人が厄介と評する案件を、当主としてこなさなければならない事実に、レヴィはぐう、とうめく。

「当主としての務めをしっかり果たしてきてくださいね、30代目」

 渡された封筒は軽いはずなのに、ずしりと重みを感じる。
 レヴィが望んで得た当主という地位は、想像以上に大変なものなのだろう。
 しかし、彼は不敵に笑った。

「ポプスキン家30代目当主、レヴィ・ポプスキン。しっかり務めを果たしてくるぜ」

作成:2022年10月22日
イベント『クリエイターズ文化祭2022~青春は終わらない!~』参加

特設ページトップに戻る

TOTETIKE