本編後日談
ルネ・ルーの憂鬱
※ゲーム本編のネタバレが含まれるため、クリアしてからの閲覧を推奨します。
※探偵の名前はデフォルトネーム『ミシェル・ヴィドック』。
ローレルの街で一番美味しい食べ物は何かと聞かれたら、ルネ・ルーは祖父の作るポトフだと答える。
お店で出されるものならばと聞かれたら、『Bar レ・セヌ』の常連用メニューのキッシュだと答えるだろう。まさに今、白髪をポマードで後ろになでつけた老年のマスターが「どうぞ」と目の前に差し出してきた焼きたてのキッシュ。
パイ生地の器の中に流し込まれた卵と生クリームの生地(アパレイユ)の合間から細かく刻まれた野菜とゴロゴロと大ぶりに切られたベーコンがのぞく。そっとナイフを挿したならば、とろりとチーズがあとをついてくる。
「この濃厚なのにあっさりとしたアパレイユ、たっぷりはいっているマッシュルームの食感が最高なんですよ!」
「それ三個目だろう、よく食うな」
「明日には元の街に帰るんです、しっかり食べておかないと」
『Bar レ・セヌ』の店内で昼食を楽しむ人々を太陽の光が柔らかく照らす。
穏やかな空気が流れるなか、深緑のワンピースを身にまとうルネが3皿目のキッシュに手をつけ、それをブラウンのベストを着た青年があきれた目で見ていた。
「アルノーさんはいつでも食べられるからいいですよね」
「別にいつでもってわけじゃねえよ、再来月から隣国に行くし」
ルネはそれを聞いて食事の手を止める。
「旅行って口ぶりじゃないですよね」
脳裏に浮かぶのはアルノーをとりまく事情。それを考えるとアルノーがローレルから追い出される可能性はなくはないと、祖父が心配していたことを思い出す。
「隣国企業の設計部門に出向するんだ。レヴィの紹介でさ」
アルノーは父親の出身地である隣国に一度行ってみたかったこと、何より製図技師として学びたいことが多いのだと続ける。
「最初に誘いを受けた時は、この話に乗らないとまずいことが起きるんだろうなって覚悟したけれど、今は純粋に仕事への興味かな。あくまで出向だから、戻りたいって言えば、いつでもローレルには戻れる」
何の収穫もないまま戻ってくる気はないけどな、と自信ありげに笑む。
「それとマダムに頼まれた。レヴィは孤立しやすいから話し相手になってやってくれって。来年は隣国に滞在することが多くなるんだと」
レヴィ・ポプスキンはローレルで知らぬものはいないポプスキン家の新当主、年はアルノーより少し年上と思われる男性だ。ルネも二度会話したことがある。
一度目は古城で『彼』との決着をつけた夜。
二度目はポプスキン邸で。ポプスキン家所有の古城敷地への許可のない侵入について、顧問弁護士から説教されていたのを取りなしてくれた。
つまりルネのなかでレヴィは味方をしてくれた良い人、ならば心配はないかと結論づける。
「レヴィさんからの紹介なら大丈夫ですね、話せばわかる人ですから」
「おまえ、レヴィが説教にきたジョルジュさんをとりなしてくれたからって……」
「アルノーさんこそ人がいいんですから、めんどくさいことを頼まれすぎないよう気をつけてくださいね」
この街で出会った人々を思い出す。
そのなかでも目の前にいる青年はとびきり人が良い。
ルネの抱える問題に寄り添ってくれた『探偵』も話を聞いてくれる人ではあったが、それもマダムの依頼があったから協力してくれただけだ。
アルノーにも事情はあったが、ルネの話を聞いてそのまま信じてくれた。なによりあの嵐の日、困っている人がいるからと迷いなく古城に飛び込んだのは彼だけだった。
「そういうルネこそ大丈夫か? 聞こえる『声』はそのままなんだろう?」
ほら、自分こそ大変な状況なのに、人のことを気遣える。
「慣れですよ慣れ。へっちゃらってわけではないですが、以前の古城みたいなとんでもない場所でなければ聞き流せます」
以前『探偵』にも告げた通り、対処法がわかったからこそ、聞こえる『声』におびえなくて良いと考えられるようになった。
そして、その『声』は幻聴ではなく本当に在るものだともわかった。
怖いものは怖いが、訳もわからず対処できないものではなくなった。あとは根本的な解決方法を探しながら慣れるしかない。
「『声』そのものが聞こえなくなる解決方法がないかは考えていますが、原因になった家も取り壊し工事がすでにはじまったそうです。容疑者も精神病等のある刑務所に収監されたとかで、何も繋がりのない人間が面会に行くのも難しいらしく、お手上げ状態です。なので、街に戻ったらそっち方面に詳しい人を探すのと、そういう書籍を読むことからはじめてみようと考えています」
「……ま、ルネならどうにかするんだろうけど、抱え込みすぎるなよ。困ったら大人を頼れ。それこそミシェルさんとか」
ルネとともに古城を探索してくれた『探偵』ミシェル・ヴィドック。
もちろん頼るつもりだ。
調査の糸口を見つけて依頼すれば、価値観に左右されることなく情報を整理して真相を洗い出すことができる調査能力で、きっとルネの抱える悩みも根本から解決へと導いてくれるに違いない。
依頼をするために両親に事情を説明し、金銭的援助も含めて段取りを整えるのがルネの直近の目標だ。
「はい、そのときはアルノーさんも頼りますね!」
しかしミシェル・ヴィドックにはコネがない。ここローレルで活躍するまでは、無名の探偵だったとジョルジュに聞いた。
ならば、強力なコネがあり、人がよく、事情も理解してくれているアルノーを巻き込むのは合理的だ。何より、話していると楽しい。
「おまえな……ま、話ぐらいは聞いてやるよ」
アルノーは苦笑しながら承諾した。
ほら、人が良い。子供の私ですら心配になるほどに。
でも彼の後ろにはマダムとレヴィ、口うるさい顧問弁護士がいるからそれも杞憂に違いない。
ルネ自身、これからの生活を思えば不安なことだらけだ。しかし頼れる人がいるならば、前に進むことができる。悪い状況だって変えられることをこの地で知った。
──おじいちゃんのいるローレルに来て、本当によかった。
ルネは残りわずかとなったキッシュを味わおうとフォークに手を伸ばした。
作成:2022年10月22日
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